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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)110号 判決

原告 三栄産業株式会社

被告 ロヂ・ウント・ヴイーネンベルゲル・アクチエンゲゼルシヤフト

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三五年再審第二号事件について昭和三五年八月二五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として、次のとおり主張した。

一、原告は、被告を被請求人として、昭和三一年六月一日、被告の有する特許第二〇九七八八号の特許権につき権利範囲確認審判を請求したが、同年審判第二八七号として審理の結果、昭和三四年一二月二一日をもつて、請求人の申立は成り立たない、との審決がされ、右審決は昭和三五年一月二五日に確定した。

右審判は原告が弁理士毛利政弘を代理人として請求し、前記審決を得たものであるところ、同弁理士は右確認審判請求に先きだち、右審判請求にかかると同一事案につき相手方たる被告のために鑑定をしたことがあり、したがつて弁理士法第八条第一号に違反し、原告の代理人となることができないものであつて、原告は昭和三五年五月七日初めてその事実を知ることができた。

右事実は旧特許法(昭和三四年法律第一二二号によつて廃止された大正一〇年法律第九六号をいう。以下同じ。)第一二一条第二項により準用される民事訴訟法第四二〇条第一項第三号に規定する代理権欠缺の再審事由に該当する。

二、そこで、原告は、昭和三五年五月二四日、特許庁に対し、被告を被請求人として、前記確定審決を廃棄する、(イ)号図面およびその説明書に示す腕時計用バンドは第二〇九七八八号特許の権利範囲に属さない、との再審請求をし、右請求は同年再審第二号として同庁に係属したが、同庁は、同年八月二五日、次の理由のもとに、右再審請求を却下する、との審決をした。すなわち、右理由は、本件再審の請求は、新特許法(昭和三四年法律第一二一号。以下同じ、)施行日前に審決され、かつ確定した特許の権利範囲確認審判事件の確定審決に対し、新法施行日後になされたものであるところ、特許法施行法第二九条によれば、旧法によつてなされた処分は新法中にこれに相当する規定があるときは新法によつてなされたものとみなされるのであるが、新法には特許の権利範囲確認審判に相当する規定がないので、旧法によつてなされたこの種の審判の審決は新法によつてなされたものとみなすことができず、したがつて、新法第一七一条に「確定審決に対しては、その当事者は、再審を請求することができる。」と規定されているけれども、ここにいう「確定審決」に特許の権利範囲確認審判の確定審決を含まないことは明らかであり、してみれば本件再審の請求は不適法であつて、その欠缺は補正することができないものと認める、というのである。

三、右審決は、次の理由により、違法であつて、取り消さるべきである。

(一)  審決は、旧法によつてなされた特許の権利範囲確認審判の審決は特許法施行法第二九条に該当しないので、新特許法第一七一条の適用がない、とした。しかし、特許法施行法第二九条は旧法によつてなされた処分は新特許法中にこれに相当する規定があるときは新法によりしたものとみなすという一般的規定であつて、旧法から新法に切り換える場合の当然の経過規定であるが、逆に本条に該当しなければ新特許法第一七一条が適用されない趣旨は、これら二法条の何れにも明記されていない。したがつて、後者の規定の適用があるためには、前者の規定を前提とする何らの法律的根拠がないものである。

(二)  仮に特許法施行法第二九条に該当しなければ再審の規定が適用されないとするならば、旧特許法における権利範囲確認審判は新法第七一条に規定する判定に相当するものであり、確認審判における審決と新法における判定との法律的効果に強弱の差異があるとはいえ、かかる差異をもつて特許法施行法第二九条にいわゆる「これに相当する規定」に該当しない理由とすることはできない。このことは、旧法と新法との対照において互に相当するものの相互が法律的効果を必ずしも同じくすることなく、名称や手続を異にするものさえあることに徴して、明らかである。

(三)  仮に本件審決の結論のように、旧法における権利範囲確認審判の審決に対する再審が許されないとしたならば、旧法における審判制度のうち無効、訂正許可審判等に対してのみは再審による救済を認めながら、ひとり確認審判のみを救済から除外する結果になり、そもそも再審制度の設けられたゆえんである審判の威信の保持に欠けることとなるので、とうてい容認し得ない違法があるといわなくてはならない。

本件再審請求の権利は旧特許法第一二一条以下の規定により得られた既得権であり、再審理由を知りたる日より三〇日以内で、審決確定したる日より三年を経過するまでの再審請求権は、新法の施行により消滅させらるべきはずがなく、したがつて確認審判の確定審決にかぎり新特許法の再審の規定の適用がないとしても、憲法第七六条第二項の規定により本件再審の途は開かるべきであると信ずる。

四、特許法施行法第二五条第二項で明らかに旧特許法第八四条第一項第一号の無効審判のみを取り上げ、同項第二号の権利範囲確認審判を除外している点および同施行法第二九条の規定を総合して考えれば、本件のような権利範囲確認審判に対する再審請求は不適法であるかのようにみえる。

しかし、改正された特許法および同施行法において権利範囲確認審判の制度を廃止した改正の趣旨は、権利範囲の争は行政庁の審理判断に委ねるべきでなく、かかる権利の争はすべて司法裁判所の管轄におき、民事訴訟法の手続規定にしたがつて裁判所が審理判断すべきものであるとの理念に立つものである。

ところで、本件権利範囲確認審判の審決は、すでに主張したとおり、代理権欠缺の理由にもとづき本来無効の審決であつて、あまつさえ右審判事件に申立人(本件原告)代理人として関与した毛利弁理士は、審決書謄本の送達を受けながら、これを原告に告知せず、抗告審判請求期間を徒過してしまつたのである。

かかる無効な審決は、もはや新特許法にもとづく審判によつては救済の途はなくなつたにしても、権利範囲確認はすべからく司法裁判所に委ねるべきものとした前記新法制定の趣旨にかんがみ、前記審決の取消を請求し得る権利あるものである。したがつて、仮に新特許法に基いての審決取消は許されないとしても、司法裁判所において、民事訴訟法にもとづくこれが救済は許されなくてはならない。

もし、行政官たる審判官によつてなされた審決が、本来無効あるいは取り消し得べき瑕疵があつたとしても、なおこれを終局的のものとして民事訴訟法に定められた手続による訴権までも無視されて救済の途が開けないとするならば、これまさしく憲法第三二条、第七六条第二項後段に違反する。換言すれば、旧特許法第八四条第一項第二号の確認審判の審決を除外した特許法施行法第二五条第二九条は、憲法の前記各法条に牴触する違憲の法律というべきである。

五、弁理士法第一条によれば、鑑定も弁理士の業務に属することが明記されており、同法第八条には「弁理士ハ左ノ各号ノ一ニ該当スル事件ニ付其ノ業務ヲ行フコトヲ得ズ」とし、その第一号に「相手方ノ代理人トシテ取扱ヒタル事件」と規定してある。そして、後者の「代理人」といつているのは、同条の制定の趣旨が弁理士の事務遂行上誠実にその使命を果させ、依頼者の事件取扱上遺憾なからしめんことを期待しての規定である以上、これを広義に解して、代理権にもとづき法律行為をする代理人ばかりでなく、それ以外の事務処理をも包含するいわゆる準委任の代理人も含まれていると考うべきである。

弁理士がある事件について鑑定書作成の委任(あるいは依頼)を受け、その委任にもとづいて鑑定書を作成することは、たとえ本人の名においてでなく、鑑定人の名においてするにしても、その鑑定書作成という事務遂行は根源するところ本人の委任にもとづいてされるのであるから、弁理士法第八条第一号の「代理人トシテ取扱ヒタル事件」の範疇に属するものである。

本件の場合、毛利弁理士が原告の相手方たる被告の委任(依頼)を受けて時計バンドの鑑定書を作成したことは、まさしく弁理士法第八条第一号の「代理人トシテ取扱ヒタル事件」に該当する。まして委任を受けた者から報酬を受け、しかも「権利範囲に属する」との鑑定をし、その後「権利範囲に属さない」との相反する確認申立をなすにあたりその代理人となるがごときは、弁理士法第八条の法意に反する最もいむべき行為といわなくてはならない。

なお、毛利弁理士は相手方の委任を受け、一定の報酬を受けて、裁判所に提出するための鑑定書を作成交付したものを、相手方において裁判所に提出したものである。

原告は、権利範囲確認審判事件係属中は毛利弁理士が相手方のため鑑定書を作成してこれを提出してあつたことを知らなかつたから、上訴によつてこれを主張しもしなかつたし、またその事由を知つていて主張しなかつたということもなかつたので、民事訴訟法第四二〇条本文但書にも牴触しない。

六、以上の理由によつて、特許庁が昭和三五年八月二五日にした前記審決の取消を求める。

第二被告の答弁

被告訴訟代理人は、まず主文どおりの判決を求め、その理由につき次のとおり主張した。

本訴は、被告適格を誤つているから、不適法として却下さるべきである。

原告は、特許庁が昭和三五年再審第二号事件について同年八月二五日にした審決の取消を求めるため、ロヂ・ウント・ヴイーネンベルゲル・アクチエンゲゼルシヤフトを被告として本訴を提起したのであるが、新特許法第一七九条によつて明らかなように、同法第一二三条第一項(特許無効)および第一二九条第一項(訂正無効)の審判の審決に対するものを除くすべての審決に対する訴においては、特許庁長官を被告としなければならないことになつているから、原告は本訴において被告となすべき者を誤つて訴を提起したものといわなくてはならない。

そして、本訴において、訴訟の係属中被告を変更することも、訴提起の不変期間である審決の謄本の送達後三〇日以内ならば新たな訴の提起があつたものとして許されるが、その後は行政事件訴訟特例法第七条によつても許されないと解すべきである。

次に、本案につき、原告の請求を棄却する、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中、原告主張の特許権の範囲確認に関して、特許庁において原告主張とおりの各審判手続が行われたことは認める。

弁理士毛利政弘の鑑定書は訴外株式会社竹本商店の依頼によつて作成したものであつて、被告において右鑑定書を使用したことはない。

その余の原告の主張は争う。

二、特許法施行法第二九条から新特許法第一七一条の「確定審決」には旧特許法第八四条第一項第二号の特許権の範囲確認の審決を含まないとの結論を導き出すことは、性急に過ぎるかも知れないが、そうかといつて、積極的に新特許法第一七一条の「確定審決」に旧法の特許権の範囲確認の審決が含まれるとの結論を理由づけることは、より至難である。けだし、廃止法令が所管事項を同じくする新法令の中で存続できる唯一の途は、経過規定でそのことを定めた場合に限られるが、特許法施行法中にそのような規定が見当らない。そういう積極的な根拠がない以上、原告の再審請求を却下した特許庁の審決は正当であると考えられる。

特許法施行法第二五条第二項が旧特許法第八四条第一項第二号を除外していることも、特許権の範囲確認の審決を再審の対象としない建前だからである。

三、原告は新法第七一条の判定は旧法の特許権の範囲確認審決に相当すると主張するが、仮にその主張が正しいとしても、該審決が再審の対象になるということにはならない。むしろ、新法の判定は明文上再審の対象となつていないから、原告の論法をおしすすめれば、かえつて積極的に該審決を再審の対象から除くのが正しいということになるであろう。

四、特許法施行法第二五条第二項および第二九条は憲法第三二条および第七六条第二項後段に違反しない。

(一)  特許法施行法の右の二条文が直接に訴権を否定したものか否かには論議の余地があるが、仮にこれを否定した規定だとしても、それだけでは憲法第三二条に違反するということはできない。憲法第三二条は、民事にあつては訴えについての利益―それも紛争解決に役立つ利益―のある当事者の訴権を否定してはならないことを定めた規定である。したがつて、訴えるについて利益のない場合には、従前認めていた訴権を奪つても、同条の違反とはならない。しかるに、旧法の権利範囲確認審決は、次に述べるように、単に鑑定的なものと解せられるから、これに対して訴を提起しても直接紛争を解決することができないものである。

原告は、具体的な訴権利益がなく、単に再審請求権を失つたにすぎないから、憲法第三二条の違反とはならない。

(二)  次に、旧法の権利範囲確認審決の性質を検討するのに、従来該審決の効力については争があつて、それが単なる鑑定的なものであるとする説、当事者を拘束するとの説、当事者のみならず第三者をも拘束するとの説の三説が存していたことは、周知のとおりである。現行特許法の立案者は、第二説および第三説は特許庁の判断が裁判所を拘束する結果をもたらし、新憲法の精神に反するおそれがあるとの理由で、第一説をとることを明らかにするため、「判定」という語に改めたのである。したがつて、新憲法施行後は、旧特許法上の前記審決の効力を解釈するについても、当然第一説によらなければならないのであつて、特許法施行法の前記二条文によつて、旧法上の権利範囲確認審決に対する再審が許されない結果、右審決が終審となつてしまう結果となつても、憲法第七六条第二項後段には少しも牴触しないわけである。まして、原告は、代理人たる毛利弁理士の過失にもとづくとはいえ、むざむざと審決に対する抗告期間を徒過したために、旧法時代に有していた抗告審判請求権や訴権を自ら行使しなかつたのであるから、かような場合に原告が憲法の違反を論ずることは矛盾している。

五、原告は、原告を代理して権利範囲確認審判を請求した代理人が弁理士法第八条第一号に反する行為をしたから民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の代理権欠缺の再審事由に該当する、と主張する。

原告主張の代理人の行為が弁理士法違反になるか否かについて疑問があるが、仮になつたとしても、それが直ちに特許法で準用される民事訴訟法の前記規定に牴触することにはならない。右弁理士の行為が代理権欠缺にあたると仮定しても、原告が、審決になるまでこれを解任しなかつたことは、その代理行為を追認したことになるというべきである。

いずれにしても、原告の主張は理由がなく、本訴請求は棄却さるべきである。

理由

一、原告は旧特許法のもとで確定した特許権の範囲確認の審判の審決の再審を新特許法施行の後において請求し、右再審の請求を不適法として却下した特許庁の審決を違法であると主張して、右審判の被請求人であつた被告を相手取り、本訴においてその取消を求めるのである。

二、しかし、新特許法は旧法の特許権の範囲確認の審判の制度を廃止し、これに代えるのに判定の制度をもつてしたが、判定に対しては再審の途を開かなかつたこと、特許法施行法においてもその第二五条第二項において旧法第八四条第一項第一号の特許又は許可の無効の審判又はこれらの審判の審決に対する抗告審判の確定審決に対する再審であつて新法施行後に請求したものにつき特に規定を設けたにかゝわらず、同条第一項第二号の特許権の範囲の確認の審判の審決に対する再審についてはなんらの規定をおかなかつたこと、そして特許法施行法がこのように権利範囲確認審判の審決に対する再審に関するなんらの規定を設けなかつたのは、旧法におけるこの種の審決も、新法の判定と同様に、特許権の範囲に関する特許庁の見解を示す、いわば鑑定的のものであるに過ぎず、当事者の権利につきなんら確定的な拘束を及ぼすものではないとの解釈をとり、したがつて、このような性質の権利範囲確認審決については、旧法のもとでの確定審決に対し新法施行後にまで再審の方法を残しておくほどの必要はない、とした法意であると推測できることなどの諸点にかんがみ、新法施行後にはもはや旧法のもとで確定した権利範囲確認審判の審決に対する再審を請求し、またその再審審判の審決に対し、従前の例にしたがい、右審判の被請求人を被告として訴を起すことは許されないことになつたものといわなければならない。仮に以上と異なり、新法のもとにおいて、旧法施行当時確定した権利範囲確認審判の審決に対する再審を請求することができるとの見解をとるにしても、その再審請求にかゝる審決の取消を求める訴については、特段の規定がないので、新特許法第一七八条以下の規定の適用があると解さなくてはならないところ、同法第一七九条によれば、第一二三条第一項の特許無効の審判又は第一二九条の願書に添附した明細書又は図面の訂正無効の審判の審決でないかぎり、およそ審決に対する訴は特許庁長官を被告としなければならないことが明らかであるが、本訴が右特許無効又は訂正無効の審判の審決に対するものでないこともまた原告の主張自体に徴し明らかであるから本訴は、特許庁長官を被告としてこれを提起しなければならないものといわなくてはならない。

しかるに、原告はその再審請求にかゝる審判の被請求人であるロヂ・ウント・ヴイーネンベルゲル・アクチエンゲゼルシヤフトを被告として本件訴を提起したものであつて、本訴は被告となすべきものを誤まつた不適法があるものといわなくてはならない。

三、したがつて本訴はその余の判断をするまでもなく、不適法であつて、とうてい却下をまぬかれない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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